日本のアパレルEC市場は2兆6,712億円の市場規模がある巨大なマーケットです。本来、アパレルは「試着してから買う」商品であるため、試着ができないECサイトとの相性が良くありません。
しかし、アパレル事業者は、魅力的な商品写真を掲載したり、モデルやスタッフを使って全身コーディネートをECサイトやSNSで提案したり、あるいは店舗での受取や返品を可能にしたり、バーチャル試着を取り入れたりなど、積極的な施策を展開した結果、EC化率は22.88%と非常に高くなりました。
アパレル以外の物販分野においても、アパレルECの施策を参考にしたりベンチマークとするなど、アパレル業界はEC施策において先進的な分野と言えるでしょう。
本日は、forUSERS株式会社でマーケティングを担当している筆者が、アパレルECの市場を解説するとともに、特にアパレルEC市場で実施されている施策について詳しく解説します。
市場規模2.6兆円のアパレルEC市場
まずは、経済産業省の報告書をもとに作成したグラフをご覧ください。
◆アパレルECの市場規模とEC化率の推移
出典:経済産業省「令和5年度 電子商取引に関する市場調査 報告書」、「電子商取引実態調査」より筆者作成
年々アパレルECの市場規模は堅調に推移しており、2020年のコロナ禍をきっかけに大きく市場規模が拡大しました。2023年には2.6兆円を超える巨大市場となり、EC化率もコロナ前と比較して9%伸長、22.88%という高い数値となりました。
また、下記は物販分野全体のBtoC-EC市場規模とEC化率を比較した表です。これを見ると、アパレルEC化率は物販分野全体のEC化率である9.38%を大きく上回り、他の各業界EC化率と比較しても高い水準にあり、比較的EC利用が進んでいる業界であることがわかります。
◆物販系分野のBtoC-EC市場規模
引用:経済産業省「令和5年度 電子商取引に関する市場調査 報告書」
このようにアパレルEC市場が拡大している要因は何なのか、詳しく解説します。
アパレルEC市場が拡大している3つの理由
アパレルEC市場が拡大している背景にはさまざまな要因がありますが、大きな理由としては以下の3つが考えられます。
理由① オムニチャネル戦略の導入
アパレル業界では、多くのアパレルブランドが早い段階からオムニチャネル戦略を積極的に導入し、実店舗とECサイトをシームレスに連携する施策に注力してきました。
例としては、ECサイトで購入した商品の店舗受け取りや、実店舗とECサイトで会員情報を統合して、いずれのチャネルでもポイントを貯めたり使ったりできるなどの施策が挙げられます。
これにより、ユーザーに利便性の高い新しい購入体験が提供され、顧客満足度が向上し、ユーザーの積極的なEC利用につながりました。オムニチャネル戦略の詳細については、後ほど事例を交えて解説いたします。
理由② 新しいソリューションやツールによる業務効率化の実現
昨今、ECサイトの管理・運用を容易にするツールやソリューションが多く誕生したことで、アパレル業界全体で業務効率化が進みました。
例えば、ささげ業務(撮影・採寸・原稿)を自動化するツールや、ユーザーが自分の身体情報を登録することで、最適なサイズの商品を提案できるツールなど、新たなソリューションの導入が進んだことにより、事業者のEC参入もしやすくなるとともに、ユーザーの利便性も大きく向上しました。
また、昨今ではChatGPTのような高度なAIの出現により、商品説明文も時間をかけずに作ることが可能になりつつあります。
理由③ コロナ禍によるEC利用の増加
2020年に訪れた世界的なコロナ禍の影響により、多くの産業においてECが注目されました。
アパレル業界においても同様で、時短営業や休業により実店舗での販売が制限された分、消費者のEC利用が増加し、EC市場が大きく拡大しました。
しかし一方で、店舗販売をメインとしていたアパレルブランドの中には、ECで思うような売上を上げることができず、閉店・撤退を余儀なくされたケースも少なからずあり、業界全体としては大きく売上を落とすこととなった面もあります。
参考:実店舗の来店者&売上は激減、新型コロナウイルス感染拡大が直撃【全国700店舗のデータ調査】(ネットショップ担当者フォーラム / 2020年3月13日)
アパレルECで強化すべき5つの戦略
それではここで、アパレルECで強化すべき戦略、つまり売上を伸ばしている大手アパレルECが実施しているマーケティング戦略について、5つの代表的な施策を解説いたします。
① オムニチャネル
前項でも触れたとおり、オムニチャネルは大手アパレル事業者の多くが取り組んできたマーケティング施策の一つです。オムニチャネル施策により、実店舗とECサイトをシームレスに連携させることで、ユーザーの購入機会が増加し、利便性も大きく向上します。
ユニクロはアパレル大手の中でも早くからオムニチャネル戦略を推進してきており、代表的な成功事例と言えます。オムニチャネル施策の中でも多くのアパレルブランドが実施している「店舗受け取りサービス」あるいは「お取り寄せサービス」は、ECサイトで購入した商品を、最寄りの店舗で受け取ることができるサービスです。
◆ユニクロの店舗受け取りサービス「ORDER & PICK」
これにより、ユーザーは送料がかからずに、かつ好きな時間に商品を受け取ることができ、そのまま店舗で試着やお直しサービスを受けることができます。また、ユニクロ側としてもECサイトから店舗への送客により、「ついで買い」など販売機会の創出といったメリットがあります。
また、AIチャットボット「UNIQLO IQ」では、リアルタイムで店舗の在庫状況が確認できたり、購入した商品の返品・交換などの質問、コーディネートの相談などができます。
◆UNIQLO IQ
参考:UNIQLO IQ
ユニクロでは、このようなオムニチャネル施策により、店舗とECサイトをシームレスにつなげ、より利便性の高い購入体験をユーザーに提供しています。
② Web接客
コロナ禍の影響で、多くのサービス業や小売業が非接触型サービスを模索する中で、Web接客(オンライン接客)が大きく注目されることになりました。
外出自粛や時短営業・休業により実店舗で買い物をする機会が激減したことをきっかけに、ユーザーにECサイトでも店舗での買い物に近い体験をしてもらうため、各社とも、ビデオ通話やSNSなどさまざまな形でWeb接客に取り組んでいます。
アパレル・雑貨のセレクトショップを展開するベイクルーズのWeb接客サービス「Online Styling Service」は、ECサイト上でリアルタイムにスタッフが顧客とビデオ通話などでやり取りし、スタイリングや商品選びのアドバイスを提供するサービスです。顧客は希望するスタッフを選び、都合の良い時間にオンラインで相談できます。
これにより、実店舗での接客と同様に、顧客に合わせた対応が可能となり、商品購入のサポートを受けられます。
また、レディースファッションを中心に30ブランド以上を展開する.st(ドットエスティ)では、店舗スタッフがECサイト上で、商品を使用したスタイリング写真を公開しております。ユーザーとしては、アパレル従事者のプロのスタイリングを参考にできますし、ランキング形式になっていることで、スタッフのモチベーション向上にもつながっております。
◆.stの「STAFF BOARD」
引用(画像):STAFF BOARD スタイリング一覧│.st(ドットエスティ)より一部加工
③ SNSマーケティング
物販分野において、SNSは今や非常に重要な販売チャネルの一つとなっております。アパレルブランドにとって、世界観の構築はブランディングの重要な要素ですが、画像や動画であればユーザーに世界観を伝えやすく、そういった意味ではアパレルとSNSは非常に相性が良いマーケティングツールと言えます。
Instagram、Twitter、TikTokなど各媒体に特性がありますが、特にInstagramは、2024年時点での国内のMAU(月間アクティブユーザー数)は6,600万人を超えており、ビジュアルを重視するアパレル業界においては、世界観を醸成しやすい媒体として多くのブランドに重用されております。
参考:Xの国内MAU「6650万人」に Instagramを僅かにリード【SNS定点観測】(日経クロストレンド / 2024年2月29日)
また、Instagramはインフルエンサーによる商品訴求も非常に効果が高く、インフルエンサーマーケティングのプラットフォームとしても人気が高いことが特長です。
ただ、アパレル業界においては、インフルエンサーとのコラボ以上に、店舗スタッフアカウントの活用が活発な印象を受けます。店舗のスタッフが自身のアカウントで自社商品を使ったスタイリングの提案などを行うことで、ユーザーとのコミュニケーションも取りながら販売につなげております。
人気セレクトショップのnano·universe(ナノ・ユニバース)ではブランドの公式アカウントとスタッフのアカウントをひも付けて、各フタッフの個性を生かした商品紹介をしております。一つのアイテムでも、複数のスタッフがそれぞれ違った着こなしで紹介してくれるため、購入を検討しているユーザーにとっても、非常に活用しやすいマーケティング施策と言えます。
◆nano·universeのInstagramアカウント
引用(画像):ナノ・ユニバース 公式スナップアカウント(@nanouniverse_snap)※現在はページ削除
④ バーチャル試着
洋服をECサイトで購入することをためらう理由の一つは、試着ができないためサイズ感が分からないことでしょう。
下記グラフは、みんなのぴったりサイズ研究所が株式会社クロス・マーケティング監修のもと、20歳~69歳のアパレル事業に従事する男女200人に対して行った調査結果です。これを見ると、アパレルECにおける課題についてのアンケートの回答として「試着できないこと」が40%と最も多い結果となりました。
◆アパレルECにおける課題
引用(グラフ):アパレルECにおける課題は「サイズが合わないこと」が最多 アパレルECに求める機能としてバーチャル試着ツールが上位に(ドリームニュース)
多くのアパレルEC事業者に共通するこの「試着問題」を解決するべく、各社の導入が進んでいるのがバーチャル試着ツールです。
ユニクロの「MySize ASSIST」では、身長・体重・年齢・好みのサイズ感を入力することで、最適なサイズを提案してくれます。例えばパンツなら、ウエスト・ヒップ・もも周りなどパーツごとの着用感を詳しく知ることができます。
◆ユニクロの「MySize ASSIST」
また、メガネブランドのJINSでは、Webカメラ、もしくはアップロードした写真を使ってバーチャル試着ができます。さらに、AIの判定機能により似合度がパーセンテージで表示されるため、購入を決めるための判断材料として面白い機能と言えるでしょう。
◆JINSのバーチャル試着
引用(画像):メガネがもっと身近になるJINSのデジタルサービス
⑤ ライブコマース
ライブコマースは、動画のライブ配信で商品を紹介し、ユーザーとリアルタイムでコミュニケーションを取りながら商品を販売する方法ですが、アパレルECにおいてライブコマースは非常に相性の良いマーケティング施策と言えます。
ファッションは見た目の要素が重要であるため、ライブ(動画)で色やデザインをさまざまな角度から確認できますし、またオンラインチャットによって質問ができる点も、購入においてスタッフとのコミュニケーションが多いアパレルというジャンルにとって非常に相性の良い販売方法です。
大手セレクトショップのUNITED ARROWS(ユナイテッドアローズ)は、自社のECサイト上でLIVE配信を定期的に行っております。商品をライブ動画で紹介しながら質問にもリアルタイムで返答し、気に入った瞬間に商品ページへアクセスできるという、このスピード感とダイレクト感はライブコマースでしか得られない購入体験でしょう。
参考:ユナイテッドアローズ プレスリリース「ユナイテッドアローズ グリーンレーベル リラクシング新たなライブコマース『STYLING GUIDE』を開始 UAオンラインストアでのスムーズなお買い物体験を実現」(2020年10月1日発表)
ライブコマースは、コロナ禍の影響により導入が進んだWeb接客の一つですが、マーケティング面の有効性から、今後も各社で取り組みが進んでいく施策であると筆者は考えます。
ECアプリで利便性を高める
スマートフォンの普及により、現在では多くのスマートフォンユーザーが、日常生活でさまざまなアプリを利用しております。
アパレルブランド各社も、自社のECサイトに加えて専用アプリを持つことで販売チャネルを拡大し、ユーザーの利便性を高めるとともに、ECサイトとアプリの相互送客で売上アップにつなげております。
それでは、以下にECアプリのメリットを5つ解説いたします。
メリット① ECサイトへのスムーズな導線が作られる
一度アプリをダウンロードしてしまえば、ユーザーのスマートフォンにアイコンが常駐するため、わざわざブラウザを立ち上げてブックマーク、あるいは検索してECサイトに行く必要がなくなります。
そのため、リピーターはもちろん、新規ユーザーもECサイトに訪れやすい導線を作ることができます。
メリット② ブラウザよりも動作が快適になる
Webブラウザの場合、通信環境によってはサイトの読み込みに時間がかかる場合がありますが、アプリはある程度のデータを端末に保存しておけるため、通信の負担が比較的少なく、快適に表示することが可能になります。
また、ECサイト、会員証、店舗検索など頻繁に利用されるコンテンツをアプリメニューに組み込むことで、タップするだけでコンテンツを切り替えられるなど、操作性も格段に上がります。
メリット③ 端末機能との連動が可能
カメラや位置情報機能などの端末機能とアプリを連動させることによって、利便性が飛躍的に上がり、またそのような機能を活用したコンテンツも実装可能になります。
例えばカメラ機能では、顔認証機能を利用すればECサイトへのログインが非常に簡単になりますし、アプリから商品バーコードを読み込んでECサイトの商品ページへ遷移する仕組みも作ることができます。
また位置情報機能を活用すれば、最寄りの店舗検索も容易になり、その店舗に近づいたタイミングで店舗限定のセール情報などを通知することも可能です。
メリット④ 開封率の高いプッシュ通知
ECサイトから情報を発信する際は、メールマガジンなどが一般的な方法ですが、アプリであればプッシュ通知を利用して情報発信が可能です。
メールは着信時に通知がない場合が多く、受信ボックスを開いたときには大量のメールの中に埋もれてしまうことも多いですが、プッシュ通知であれば、個人の設定にもよりますが、スマートフォンの画面に通知が表示されるため、配信からユーザーの認知までのリードタイムが非常に短いことが特徴です。
そして、何より開封率の高さが最も大きなメリットであり、メールマガジンの開封率は一般的に10%程度であるのに対して、プッシュ通知の開封率は約30〜40%とされております。
また、メールマガジンの場合は、目的のコンテンツにアクセスするために、メール開封から本文記載のURLをタップするというプロセスを踏まなければいけませんが、プッシュ通知の場合は通知をタップすることで、ダイレクトに目的のコンテンツにアクセスできるため、集客効率の良い方法と言えるでしょう。
さらに、好きなブランドの入荷情報や、お気に入りに追加した商品の値下げ情報など、パーソナライズされた通知が送られることで、売上につながりやすい販促施策となります。
メリット⑤ アプリ会員証で販促しやすくなる
会員情報をアプリに連携させることで、アプリがデジタル会員証となり、店舗やECサイトにおいて活用が可能になります。
顧客情報や店舗・ECの購入履歴、またポイント履歴などを一元管理できるため、個人に合わせた販促施策も可能になります。アプリ会員証ならカードを持つ必要もなく、スマートフォンだけあれば良いため入会のハードルが低く、会員を増やしやすいというメリットもあります。
下記の無印良品のアプリ会員証「MUJI passport」は、公式アプリを通じて利用できる会員証サービスです。このアプリでは、買い物や店舗訪問でポイント(MUJIマイル)を貯めることができ、一定のマイルが貯まると割引クーポンなどの特典がもらえます。また、購入履歴や商品情報、店舗在庫の確認も可能で、アプリ内で新商品やセール情報などもチェックできます。
◆無印良品のアプリ会員証(MUJI passport)
引用(画像):MUJI passport
モールサイトも活用して売上を伸ばす
ZOZOTOWNやSHOPLISTなどのモールサイトは、集客力が高いため売上を上げやすく、また運営サポートによる管理負担も少ないなどのメリットがありますが、一方で、販売手数料がかかったり、顧客データを得られない、また価格競争に陥りやすいなどのデメリットもあります。
モールサイトで売上を上げても少なからず利益が削られていくため、モールに依存してしまうことは、長期的に見ると事業の大きな成長にはつながりづらいでしょう。
そこで、自社ECと併用してモールサイトを活用することで、相互で売上を伸ばしていくことが重要になります。
具体的には、モールサイトの集客力を利用して自社ブランドを認知してもらい、そこから自社ECサイトに流入させる導線を作ることで、優良なリピーターを育てていきます。また、モールサイトで他社製品も含めた商品の動きを分析することで、ブランド価値や自社EC内での価格設定の調査にも活用できるでしょう。
「モールサイトで短期的に売上を立てる」「自社ECサイトで長期的なマーケティングを行う」といった形で、目的に応じてうまくプラットフォームを使い分けていくことが重要です。
まとめ
本来、アパレル商品は実物を手に取って確かめ、試着を重ね、またスタッフとコミュニケーションを取りながら購入することが一般的であるため、それらができないECサイトとの相性は良くないとされる分野でした。
しかし、コロナ禍以前からユニクロやベイクルーズ、ZOZOTOWNなどがけん引役となって、各社ともさまざまなEC施策に取り組み、常に新しい購入体験をユーザーに提供してきたことで、市場規模が2兆円を超える巨大なマーケットに成長しました。
各社の成長とともに技術革新も進み、アパレル事業者のEC参入のハードルも下がり、コロナ禍以前の世界が戻りつつある今、今後は海外人気の高い国内ブランドの越境ECへの取り組みも進んでいくと考えられます。
EC構築システムの「ebisumart(エビスマート)」を提供している株式会社インターファクトリーでは、EC支援サービス「ebisu growth」にて、EC事業の成功を支援しています。ネットショップについてコンサルを受けたい方は、ぜひ以下から資料をダウンロードしてご検討ください。